第3章 最初で最後の恋
「…今日、見合いしたんだってな…」
「……………うん」
やや長い沈黙のあと、ゆきはこくりと頷いて。
「…すごくね、良い人だったよ。優しくて、真っ直ぐな人だった…」
「…………そうか」
―良かったな、幸せになれよ。
ただそのひとことが、口から出てこない。
「…実はね、お見合いする前から何度か文を頂いてたんだ。試衛館で私を見かけて、好きになってくれたって…何か恥ずかしいね」
いつもは心地よいゆきのやわらかな声は、今の俺にはひどく、胸を苦しくさせるものでしかなくて。
いっそ、耳をふさいでしまいたくなる。
「…あの人となら、幸せになれると思うの。身を焦がすような恋はできなくても、家族として愛せる、そんな愛があるって教えてくれたから…」
「…!」
『―あなたがあの道場で、誰を見つめていたか、私は知っていました。
知っていて、あなたに恋をしたのです。
あなたのその一途な瞳が、とても綺麗だったから。
その瞳に自分をうつしてもらえるのなら、どんなに幸せかとも思いました。
ですが、愛にもさまざまな形があります。
激しい恋情がなくとも、家族として支えあえる愛は、確かに存在すると私は思います。
私は、あなたの恋の相手でなくともいい。
ただ、家族としてのあなたの愛を頂きたいと思います。
…どうか、私の妻になってください―』
「…私の恋心は誰かさんにあげちゃったから…家族としての愛情を、私はあの人と育んでいきたい…そう、思っているよ…」
恋と、愛とはきっと違うのだと、まるで自分に言い聞かせるような声音が、わずかに震えて。
はらり、と舞い散る桜のように、彼女の瞳から透明な雫がこぼれ落ちた。