第1章 明日も笑おう
それから数年後。
独り暮らしのアパートに帰ってスーツを脱ぐ。
会社に勤めて3年。
毎日毎日変わり映えのない日々。
たまに思い出す彼女のこと。
今彼女はどうしているだろうか。
そんなことを考えながらテレビをつけた。
『ヴァン・クライバーンの国際ピアノコンクールで10年ぶりに日本人ピアニストのさんが優勝をしました』
『一時期#NMAE2#さんはピアニストとして舞台を去りましたが、またこうして復帰したことはとても嬉しく思いますね』
ニュースで、彼女の名前が呼ばれて俺は動きを止める。
嬉しそうに壇上に上がり、涙を流すさんの姿が。
ああ、元気そうでよかった。
俺もつられて涙が溢れる。
テレビから流れる彼女の弾くピアノは、あの時と変わらない。
音が感情となって心に沁みわたる。
今彼女はピアノを楽しんでいる。
彼女の弾きたいピアノを弾いている。
『そうですね。昔、私の家に一人の男の子がよくピアノを聴きに来てくれて。彼は何もせずに私のピアノを聴くだけだったんですけど、それに救われていました』
『今その彼とはどうなっているんですか』
『10年以上会っていません。でもきっと元気ですよ、彼は』
『どうしてそう思うんですか』
『星はいつだって頭の上で輝き続けますから』
その言葉にまた涙が溢れた。
外へ出て、俺は空を見上げる。
あの時と変わらない。
満天の星に丸い大きな月。
それが俺の頭上で輝いている。
そして彼女の上にも。
大きく息を吸って鼻歌交じりに歌を歌う。
それは夜空の向こうへと吸い込まれた。
【終】