愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
「これに懲りずに、また遊びに来てくれるかい?」
私はひと晩中、胸を温めて‥そして今、胸を高鳴らせた純朴な青年の柔らかな髪に頬を寄せる。
すると小さな頷きをくれた彼に、ほっと胸を撫で下ろした。
さらにこんなにも我が儘ばかりを言ってしまう私を懸命に庇おうとしてくれるから、愛おしさすら感じてしまいそうになった。
二人分の体温で温かさを戻した布団の中で、身動ぐ仔犬を抱き直して、空いている手で頬を包むと、擽ったそうに目を細めて微笑んでくれて。
やがて刻限が迫り身支度をしようと身体を起こすと、
「あ‥あの、私の袴が‥‥」
肌蹴そうな着物を押さえて口籠もる。
「ああ‥勝手に脱がせてしまって、すまなかったね。」
恥じらうよう乙女のように顔を伏せてしまった二宮君を見て、思わず微笑み(えみ)が溢れてしまう。
先に布団を出た私は、畳んでおいた袴を彼に手渡すと、掛けていた自分の着物を取りそれに着替えた。
振り返ると身支度を済ませた彼が、ひとつ身震いをするから、昨日着せていた羽織を肩に掛けてやる。
するとどうしていいのか言葉に迷う顔が、私を見上げた。
「これぐらいは‥させてくれないか?」
「でも‥」
「傍に居ない時でも、私が君を温めていたいと‥そう思っているのだよ。君がそうしてくれたようにね。」
迷いのある瞳にそう語りかけると、薄闇の中で際立って見える白い頬をふわりと緩めた彼は、ありがとうございますと鈴を転がすような声で受け入れてくれた。
それから連れ立って表に出た私たちは、自分たちの吐く白い息に、顔を見合わせて微笑み合う。
初めて揺れる馬車に乗って居心地が悪そうにする二宮君は、恥ずかしそうに笑って‥。
「私は君が何を見て笑い、何を楽しいと思うのか知りたいのだよ。もっと話をして君のことを教えては来れまいか。」
やがて松本の屋敷が近くなり、歩みを緩めた馬蹄の地を蹴る音を聞き、幾つもの微笑みをくれる彼に、偽らざる本心を告げる。
静かに止まった馬車の扉が開きそうだというのに、二宮君は返事もくれないまま私を見つめ返していた。
そして従者がかちゃりと音を立て扉を開くと、そちらに視線を向けた彼は立ち上がり、元気よく馬車から飛び降りた。
「旦那様!ありがとうございます!」
振り返った二宮君は心が晴れるような笑顔を私に残すと、朝靄の中袴の裾を蹴り上げるように駆けていった。