愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第2章 暗送秋波
智side
人目を憚ることなく僕に向かって愛を囁く貴方・・
そして触れた熱い唇・・
店主がまだそこに・・障子の向こうにいるというのに・・
あれ程までに、体裁を気にしていた人が今ではどうだ・・
羞恥心の欠片も見られないなんて・・
「いけません、このような場所で・・。人に見られます」
やんわりと制した僕の手を、雅紀さんの強い力が絡め取る。
「私は誰に見られたとしても、構わないよ?寧ろ見せ付けてやりたいぐらいだ、君が私の愛しい人だと・・」
僕の耳元に囁き、手の甲に唇を落とす。
「でも・・君が気になるのなら、ここまでにしておくよ?私は君に嫌われたくはないからね?」
私の可愛い天使・・
そう言って雅紀さんが僕の髪を撫でる。
天使なんかじゃないのに・・
僕は天使なんかじゃないのに・・・・
もし・・、もしも僕が本当に天使なのだとしたら、それは純白の翼を漆黒の闇のように黒く染めた、堕天使でしかないのに・・・・
「さあ、次は何処へ行こうか?」
絵筆と絵の具の代金を支払い、店を出ると同時に雅紀さんの手が僕の腰に回る。
僕はその手をそっと解き、跳ねるように数歩足を踏み出すと、直ぐ先に見えた茶店の暖簾を指差した。
「僕、お団子が食べたいです」
「団子ならもっとちゃんとした店で・・」
声を弾ませる僕に、雅紀さんは困った様子で、僕が差したのとは逆の方向を指差した。
そうだよね・・、貴方のように恵まれた生活をしている人には、到底相応しくないものね・・
でも・・
「お礼がしたいの・・。絵筆と絵の具を買って頂いたお礼を・・。だから・・」
小さく首を振り、濡れた睫毛を伏せる。
貴方が逆らえないようにね・・
「私が好きでしている事、礼など必要ない」
俯いた僕の顎に手がかかり、上向かされるが、伏せた瞼はそのままだ。
「だが、折角の君の申し出だ。快く受けようではないか」
ああ、なんて愚かな・・
これが貴方と過ごす、最後の至福の時間(とき)となるかもしれないのに・・
僕は閉じていた瞼を開くと、僕を見下ろす雅紀さんに向かって、無邪気に笑って見せた。