愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第1章 愛月撤灯
智side
戛々(かつかつ)と馬の蹄の音が響き、カラカラと車輪が軋む‥
時折風に煽られるように揺れる、窮屈とも思える空間で、僕はリボンタイを解き、ハイカラーのシャツの釦を外して行く。
その手を、紳士然とした男の手が止めた。
「こんな所で・・誰かに見られでもしたら‥」
まるで諌めるような口調‥
でも、僕は首を横に振ると、男の耳元に唇を寄せ、
「誰も見てやしませんよ?だから・・、ね?」
僕の手首を掴んだ手に自分の手を重ねて、肌蹴た胸元へと引き寄せた。
瞬間、僕の視界が闇に包まれ、唇に感じた濡れた感触。
輪郭をなぞるように舐めては離れ、また舐めては離れ・・
それを何度も繰り返すうち、身体の奥深い場所から湧き上がってくる淫らな欲望。
僕は誘うように唇に少しだけ隙間を作って、赤く熟れた舌先を覗かせた。
でも‥
「やっぱりいけないよ。人に見られるかもしれないし、それに・・」
「それに、‥何?」
「その‥、御者だっているんだ、声だって聞かれるかもしれない。そんなことになったら‥・・」
意気地のない人。
僕は男の手をそっと離すと、肌蹴た襟元を掻き合せて釦を止めた。
「そうですよね‥、僕とこんな関係だってこと、誰にも知られたくないですよね・・」
僕はそれでも構わないのに‥・・
寧ろ・・好都合なんだけど・・・・
「違うんだ、そうじゃなくて‥。ああ、どうしたら君・・、いや智に分かって貰えるんだろう、この気持ちを・・」
背中に回った男の腕が、苦しいくらいに僕を締め付ける。
「好きなんだ、智‥‥君のことが、心から好きなんだよ」
「嬉しい・・。僕も雅紀さんが好き。」
肩口に顔を埋め、偽りの言葉を吐きながら、僕は一回り大きな背中に腕を回した。
その時だった。
僕達の乗った馬車の横を颯爽と擦り抜けて行く、豪奢な一台の馬車に、僕の視線は釘付けになる。
こんな安物の馬車なんかじゃない・・二頭立ての、それも金細工の施された漆塗りの偽装馬車に、視線だけじゃない、心までもが一瞬のうちに奪われた。
僕だってあんな事がなければ、今頃は‥
つい零れそうになるのを、唇を噛んで飲み込んだ。