愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
すると挨拶の途切れた雅紀の視線が宙を舞い、吹き抜けの最上の手摺りに凭れていた俺を捉える。
見つめあっていたのは、ほんの一瞬だろう。
あいつは俺を見てゆるりと微笑み、視線を伏せると階段の方へと歩き出した。
まさか‥自分からここに来るつもりなのか?
自分を不幸のどん底に突き落とした俺のところに‥。
俺はその歩みを止めることなく階段を登ってくる雅紀を、信じられない思いで見つめる。
階段に敷かれた赤い絨毯の上を、ゆっくりとだが、一歩ずつ‥俺の方に向かって近づいてきて‥
「やあ‥ずいぶんと久しぶりだが。」
目の前に立った男は、さっきと同じように穏やかな微笑み(えみ)を携え、臆する事なく言葉を掛けてくる。
あの日以来見ることの無かった面立ちは、精悍な印象すら与え大人びたものになっていた。
どうしたことだ‥
何を考えてるんだ‥?
俺は雅紀の予想外の態度に面食らい、一瞬言葉を失いかけた。
「そうだな。元気そうで何よりだ。」
咄嗟に口を突いて出た常套句に救われた俺は、困惑の色を隠し、素知らぬ顔をする。
すると友とは呼べなくなった男は、視線を伏せ口元を僅かに歪めると、
「元気という程のものでもないがね。気が進まなくとも、今日の式典には出席せねばなるまい。」
小さな溜め息を吐いた。
「お前の父上は厳しいお方だからな。」
「ああ、余程のことが無い限り、私は否とは言えない。」
何故だろう‥大したわだかまりも無く言葉が行き来している。
雅紀‥お前はもうあの男のことを忘れてしまったのか?
あれ程執着していたというのに‥
俺は笑いが込み上げてきそうになり、
「だろうな。俺たちは所詮、そんなものだろう。」
皮肉げに口の端を上げて誤魔化した。
その時、
「ところで‥智は元気にしているか?今更、私が心配することでも無いのだが。」
微笑みを浮かべた雅紀は、邪推など何も無いような声でそう尋ねた。
‥‥残念だったな、大野智‥
どうやらお前の逃げ場は無いようだ。
あれ程自分を信じ大切にしていた雅紀は、すでにお前のことなど気にも留めていないようだぞ。
所詮‥お前はそれだけの男だったんだ‥。