愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
翔side
おれはこっそりと部屋に戻って長椅子に腰掛けると、ほっと息を吐いた。
それは誰にも見つからずに済んだってことと、あの子‥智に会うことができたってっていう両方の安堵から洩れたもの。
一晩明けて忍び込んだ部屋は、酷いものだった。
一体、兄さんが何をしたのかは分からないけど、首に紐を掛けてしまいたくなるほどの仕打ちを受けたらしく、しゃくり上げて泣いていた。
智が何をしたっていうんだろう‥。
あんなに大人しそうな子が、そんな折檻をされなきゃならないほどのことをしたとも思えなかった。
せっかく温まりかけた体から羽織りを外す時、少し視線を落としてしまった智。
『あの‥、また会えますか‥?』
そう言って、寂しげに瞳を揺らした智。
やっと笑ってくれたのに、別れ際に見せた表情(かお)があまりにも不安げだったから、恥ずかしそうに開けた口に、幸せな気持ちになれる甘い粒を一つ入れてあげた。
必ず、また来るよっていう約束と一緒に。
すると歳が上だって言ってたけど、本当にそうなんだろうかって思うような可愛らしい微笑み(えみ)を浮かべて
『嬉しい‥僕、嬉しいです‥』
って‥‥
そして智は自分をあそこに閉じ込めてしまう木扉を閉める時に振り返ったおれに、深々と頭を下げていた。
‥‥ひとりぼっちなんだね‥
おれはいつも物音がしていた辺りを見上げると、たった今別れたばかりの智の顔を思いだす。
必ず会いに行くって約束したけれど‥今度はいつ行けるかな‥?
普段の日は学校に行ってるし、休みの日には兄さんもうちにいることもある。
いつだったら‥
そんなことを考えていると、遠慮がちな扉の鳴る音がした。
あ‥和也だ
「失礼します‥坊っちゃま。具合は‥」
案の定、遣いから戻った和也が、扉の向こうから少しだけ顔を覗かせる。
そして、布団の中ではなく長椅子に座っていたおれを見て
「あの、具合はよろしいんですか‥?」
って心配そうな表情(かお)をした。
‥しまった。
おれ、具合が悪いって言って休んでるんだ‥
だけどおれはその事をすっかり忘れていて、寝間着ではなく着物に着替えていたから、ばつが悪くなって慌てて顔を背けてしまったのを見た和也はくすりと笑った。