第2章 【沈む太陽】
ドラコと別れてから、クリスは改めてダイアゴン横丁を見渡した。ハーマイオニーとの約束の時間まであと30分ちょっとだ。いくらハーマイオニーでも、まだ来ているはずがない。
クリスは先にグリンゴッツへ行くことにした。カウンターでゴブリンに金庫の鍵を渡すと、奥のトロッコへ乗り場へと通される。あの場を取り繕うためとはいえ、この後を思うと気分が重い。
「発車いたします、走行中は大変危険ですので身を乗り出さないで下さい」
ゴブリンが義務的にマニュアル通りの文句を口にすると、ガコンと音を立ててトロッコが動き出した。目が回るほどのスピードで右へ、左へ、と思ったら今度は上へ下へ。防犯のためとはいえ何故毎回こんな苦行をしなければならないのか。せめてもう少し安全で乗り心地のいいものならまだしも、よりによってトロッコだ。
「うう゛……気持ち悪い」
「ご心配なさらず、もう着きましたから」
トロッコを降り、気分が良くなるのをまってから金庫を開け、クリスは思わず声を詰まらせた。部屋の殆んどが美術品やら骨董品で埋め尽くされ、ガリオン金貨は隅のほうに申し訳程度に積み重ねられているだけである。
親子2人が暮らしてゆくのにどれだけの金が必要なのかは知らないが、本当にこれだけで足りるのだろうか。物があっても、売れなければ意味が無い。
クリスは子供心に我が家の経済状況が心配になった。これで新学期の買い物をしたら殆んどなくなってしまうかもしれない。不安になって新学期購入品のリストを広げると、都合のいい事に既に購入済みの教科書が何冊かあった。巷で有名だからと試しに買っておいたのだが、これで少しは出費が抑えられる。
「お客様、もう宜しいですかな?」
「ハァ……よろしくないけど、もういいよ」
気にくわないが、現実を目の前に“婚約”の2文字が脳裏に浮かんでしまう。クリスはガリオン金貨を何枚か袋に入れると、複雑な気分で再びトロッコに乗り込んだ。