第16章 【小さな大冒険】
「あの……父さま、これは……その……違うんです」
クリスはもう父親の顔が直視できず、下を向いたまま答えた。先ほどまで爆発しそうになっていた心臓は今や凍りつき、頭は真っ白でなにも言い訳が浮かんでこない。クリスが下を向いて黙っていると、ゆっくりとクラウスが近づいてきて、クリスの腕を取った。その眉間にはしっかりと皺がよっている。
「来なさい、クリス。話しは家に帰ってからだ」
「……はい」
父に連れられ、トボトボと店内を通り過ぎようとした時、父が店主のトムにずっしりとお金の入った皮袋をそっと渡した。
「悪かったな、これは手間賃だ。取っておいてくれ」
「いいえ、これくらいどうって事……」
このやり取りを見て、幼いクリスでもはっきりと分かった。クリスが漏れ鍋を使ってマグルの町に出かけたことは、初めからバーテンのトムにバレていたのだ。そしてそれをお金欲しさに父に告げ口をした。そうでなければこんなに早くウルキがロンドンにまで飛んでくるはずがない。
クリスはトムに裏切られた気がして、一気に頭に血が上った。そしてカウンターの上に飛び乗ると、トムの胸倉を掴んで締め上げようとした。それをクラウスに引きはがされる様にして無理やり止められた。
「トムのうそつき、最低、陰険、ちくり魔!」
「止めないかクリス、クリス!」
「バカ、バカ!守銭奴、小汚い歯抜けジジイ!キライ、キライ、トムなんて大っキライ」
クラウスの腕の中でジタバタ両手足を動かしながら、クリスは知っている限りの罵倒を口にした。クリスが癇癪を起こすと、カウンターに並べられたグラスが次々に粉々になって割れていった。まだ魔力をコントロール出来ない魔法使いが良く使う魔法の暴走だ。
これ以上ここに居たら、店のガラスというガラスを割りかねない。クラウスはクリスをしっかりと抱きしめると、姿くらましをして店を出て行った。