第1章 The summer vacation ~Draco~
それはある夏の夜のことだった。寝苦しいほど暑いわけでもないのに、ドラコ・マルフォイはなんとなく寝付けず、キングサイズのベッドの上で何度も寝返りを打っては、眠りやすい姿勢を探っていた。
しかしどうも胸騒ぎがして眠る事ができない。妙な圧迫感を胸の奥に感じる。何かを忘れているような気がするが……いや、きっと大した用ではないはずだ。ドラコはそう自分に言い聞かせ、目を瞑り続けた。
それから間もなくのことだった、ドラコはふとある物音に気が付いた。耳を澄ましてみると確かにシンと静まり返った自室に、かすかに足音が響いている。どうやらその足音は、長い廊下の向こうから、こちらに向かって近づいて来ているようだ。
初めは屋敷しもべ妖精だろうと思っていたドラコだが、どうも違うらしい。足音は屋敷しもべ達のものより大きく、しかもコツコツと靴の鳴る音がする。衣服はもちろん、靴の着用すら許されていない屋敷しもべのわけがない。
それなら住み込みで働いている使用人の誰かだろうと思っていると、その足音がドラコの部屋の前でピタッと止った。そして軽く2・3回、部屋の扉をノックした。
(チィッ、どこの馬鹿だ、こんな時間に!)
ドラコは声に出さず罵った。時刻はすでに午前0時をまわっている。まともな使用人なら、こんな夜更けに部屋に訪れたりしないはずだ。マルフォイ家の人間は、使用人に対してそういう“教育”だけはしっかりと徹底してある。
(明日の朝、父上に言って使用人全員にムチをくれてやる)
音を無視するように扉に背を向けて寝るドラコの耳に、もう1度ノックする音が聞こえてきた。1度ならず2度までも安眠を妨害したそいつを怒鳴りつけるつもりで、ドラコは起き上がろうとした。
だが――体がピクリとも動かない。まるで体中が縛り付けられたかのように、ドラコは指の1本さえ動かすことができなかった。
そして扉を叩く音は止むどころか、一層強くなってきている。初めは途切れがちに響いていたのに、時間が経つにつれ激しく、断続的に聞こえてくる。狂ったようにノックを繰り返す不気味な気配に、いつしかドラコは怒りよりも恐怖が湧き上がってきた。
(帰れ、帰れ帰れ!)
心の中でそう念じると、扉を叩く音がぴたりと止んだ。諦めて帰ったのか、そう思った瞬間、なんと何者かがドアノブに手をかけ、ゆっくり扉を開ける音が耳に入った。