第11章 いのちの名前/uszw
肌寒い春の夜
しとしとと降り注ぐ冷たい雨に体は濡れて、体力は奪われていく
怪我をした足からは血が流れ、動く力もない
目の前は段々と霞んでくる
ここで死ぬのかな…
薄れゆく意識の中、人影が近づいてくるのが見えた
何か言ってるような気がするけど、うまく聞き取れない
こんな最期なんて惨めだな、と回らない頭が考える
すると突然ふわっと体が宙に浮くような感覚
死ぬってもっと冷たいものだと思ってた
こんなにも暖かい…
目を覚ますと暖かい毛布の中だった
体は重くて思うように動かない
もぞもぞとしていると、少し離れたところから声がする
「あ、目ぇ覚ました?」
そう言って近付いてくる黒髪で眼鏡をかけた男の人
私の頭を撫でる
その手に体がビクッと跳ねるが
優しい手つきと体温に、どこか懐かしさと安心感を覚える
「腹減ったろ?
取り敢えずこれ飲む?」
と、暖かいミルクを出してくれる
目の前に置かれると、途端にお腹が鳴る
少し戸惑うも空腹には勝てず、無我夢中で胃に収めた
一気に飲み干すと、また頭を撫でられる
ふと体を見ると、濡れた体は綺麗に拭かれ、怪我をした足は手当をされていた
「お前、俺が見つけなかったら死んでたぞ?」
空の器を片付けながら笑って話す
なぜだろう
初めて会った人なのにこんなに心が落ち着くのは
レンズの奥にある優しい瞳に宿すものは私の希望に見えた
「お前、家は?」
不意にそう聞かれ現実に戻される
私には帰る家も家族もない
またあの生活に戻ると思うと、絶望で押し潰されそうになる
あの時死んでいた方が良かったのかもしれない…
不安で毛布に顔を埋めると
その人は私の隣に腰を下ろしてきた
「考えてたんだけど
このままウチにいる?」
その言葉に驚いて顔を見上げる
光が灯る眼に映し出された私
瞬間的に本能が確信する
この人と…生きたい
返事の代わりに、そっと寄り添ってみる
「ふふ…良かった。
あ、俺は牛沢ね。
お前は…」
と、しばらく考えるような顔をした後、パッと私の方を向く
「つばさ!
つばさって名前どう?」
生まれて初めてもらった名前
嬉しくて堪らず擦り寄る
「ん?気に入ってくれた?
これからよろしくな、つばさ。」
「ニャア」
もっと名前を呼んで
それだけで生きる希望になるから