第3章 酷寒に雪ぐ
一面真っ白な雪。
外套の裾が雪原を渡るギラついた刃のような風に拐われて巻き上がる。寒さが痛い。
爽快だ。
ドンと何処かから投げ出されたように無造作に聳える岩手山の右肩に、青白い月が煌々と照っている。
あれは冬の月だ。春や夏、秋の月と違って生き物の居ない月。だからあんなに白くて青くて目映いのだ。温かみがないから、あんなにも孤り高々と美しいのだ。
風が唸りをあげて凍りついた雪面に氷片混じりの小さな渦を巻く。固く凝った、雑じり気のない零下のエーテル。
今こうして誰も居ない深更の雪原に立つ自分は、まるでひとつの氷塊のようだ。ただ風に転がる一個の氷。
ここにはしがらみも優しさも思いやりも妬みも、聞き辛い陰口も悪気のない噂話もない。冷たい風と月明かりと雪と氷と俺が在るだけ。
不意に腹から湧き出した叫び声が、風に掬い上げられて遥か後ろへ吹き荒ぶ。
この叫び声は何だろう。俺の中の粗暴な何か。荒んで猛る、原始の叫び。
人を恋しく思うことがこんな猛りを産むのなら、それは罪だろう。罪科だろう。
心が錯誤を過てる。
ただ歩く。風に罪科の浚われ晒されるのを待って、ひたすらに雪原を行く。
凍てつくようだ。切り裂かれるようだ。
爽快だ。
俺の穢れを祓ってくれ。