第2章 柳生編(原作沿い)
(九兵衛視点)
「若、上着を。」
「あぁ。」
ついに出発の日。
3年の修行の時を越えて、
僕がここをたつ日が来たのだ。
東城に上着を渡され、それを羽織る。
いや、出発というよりは江戸に帰還すると
言った方が良いのだろうな。
理由は、修行を終えた理由でも、
一皮むけた理由でもない。
どうしても、やらなければ
いけないことがあるのだ。
「澪」
僕が声をかけると、天井から、
ストン、と黒いものが見える。
言わずがとも、澪である。
彼は僕が呼べば昼夜問わず天井や屋根から
ふわりと降りてくる。
いつも思うが、彼は一体何処に
住んでいるのだろうか。
「はっ」
黒い忍者服に身を包んだ澪がするりと降りる。
髪型や顔立ちはとても美しいという訳ではない
長い髪は手入れしていないのか
伸ばしっぱなしだし、
顔は目から下は隠しているためか
誰が誰だか分からない。
…もし中身が変わっても
分からないかもしれない。そんなような
有り触れた顔。
だが、澪は強い。
僕よりも、東城よりも。
もしかしたらおじい様よりも
強いかもしれない。
でも、澪はそんな素振りは決して見せないのが
澪の良い所だろう。
「江戸に戻ったら、会いたい人がいるんだ。」
「お名前は?」
「妙ちゃんだ。『志村妙』という。」
「承知。」
澪は必要最低限の事を話すと、
すぐに行ってしまう。
ぺこり、とお辞儀をして
すぐに彼は天井へと消えてしまった。
「ふぅ、」
彼を目で追っていると、
東城が溜息をついた。
「なんだ?何かおかしいか。」
「いや…あの件、
やはり、実行されるのですね。」
「当たり前だ。
妙ちゃんは、僕の許嫁だからな。」
僕の眼差しは、江戸の方を向いていた。