【テニプリ】a short story.【短編集】
第11章 【海堂】笑顔の裏側で
…だって、こうでもしないと気付いてくれなさそうなんだもの。
「薫くん!はいっ、タオルどーぞ」
「…有難うございます、千花先輩」
君が頬を薄らと染めて、タオルを受け取るのを。我ながら極上の、これ以上無い笑みで見つめる。紅く染まった頬は、高鳴っている鼓動は、走り込みから帰ってきたせい、だけじゃないはず。
薫くんがランキング戦で新入りの1年生に負けてしまって、レギュラー落ちしてしまってから一ヶ月程。彼が部内の正規のメニューに加えて、自主的に練習を行っていると知った私は、半ば押し掛けるように彼のトレーニング場所である公園を毎日訪れていた。
初めは怪訝な顔をしていた薫くんも、献身的な態度でタオルやドリンクを差し出し、走り込みのタイムを測る私に随分と打ち解けてくれた様子で。
元々部内では松元先輩、海堂くん、なんて呼びあっていたのに、私が薫くん、と呼ぶようになってからは千花先輩、とファーストネームで呼んでくれるようになった…初めて呼んでくれた時のドキマギとした感じと言ったら、どれだけ可愛かったことか!誰か写真、いや動画を撮ってくれていないものか、と悔やむ程。何円でも出すから売って欲しい。
とにかく、私は元々薫くんの事が好きだった。強面で口下手で取っ付きにくいけれど、実は優しくて。重たい物を運んでいるとさり気なく手伝ってくれるし、日曜日にペットショップで猫のケージをつついてるのも見かけた事がある。もう少し仲良くなったら、うちで飼っている猫を口実にぜひご招待したい、なんて目論んでいる所だ。
でも、なかなか接点が持てなくて。よく言えば練習熱心、本音で言うとテニス馬鹿な彼に、浮いた話を持ちかけることも、そんな雰囲気を醸し出すことも難しかった。二人きりになった事なんて、数える程。だから今回、彼が一人きりで練習を始める事、それを知れたことは――彼にはとっても言えそうにないが、私としてはチャンスだった。
精一杯の笑顔の裏で、こんな事を考えているなんて知られたくなくて。勿論サポート業務もしっかりこなすし、こんな感情、お首にも出しているつもりはないけれど。