【テニプリ】a short story.【短編集】
第3章 【不二】雪に白鷺、闇に烏、錦に恋
「へぇ、そうなんだ」
マネージャーの私が部室に入ろうとドアを開けると、先輩の声が聞こえてきた。誰かと電話中のようで、邪魔をしないようこっそりとドアを閉め、部室に滑るように入る。
一つ上の不二先輩は、人当たりの良い笑顔と柔らかい物腰で、いつも周りに誰かがいる。群れたりするタイプではないけれど、後輩や同級生から頼られる存在で、二人きりになった事はあまりない。ミステリアスなイメージで、イマイチ掴み所のない人だ。もしくは、近寄り難い、とも言える。
しかし残念ながら、先輩が向こうを向いてもたれ掛かっているその棚に用があって。そろりそろり、と棚に近づく。
不二先輩の、男の人の割に少し高い、でも決して嫌じゃない、耳触りの良い声が澱みなく聞こえてくる。きっと気の置けない相手との電話なんだろうな、と思いながら、先輩の前に回り込む――
「まぁ、以前みたいな事がもしあれば…今度は許さないよ?観月」
途端にぞっ、とする程冷えた声に変わった不二先輩。吃驚して見やると、気付いて居なかったらしい先輩も少し驚いたような表情でこちらを見ていた。いつも笑顔を浮かべている先輩の目は開かれ、鋭い眼差しが射抜くように私の方を向いている。
そして電話を切った先輩はいつも通りの笑みを浮かべ――
「お疲れ様、千花ちゃん。…盗み聞きなんて、いけない子だね」
と、またあの顔と声で、そう言ったのだ――