第18章 (黒日)餌付け (ドM向け)
私は覚束ない手でお茶を乗せた盆を持った。恐怖で身体が震える。
今度はこぼさないようにしないといけない。一滴もこぼしてはならない。
こぼしたら、また叩かれる。
一度手から滑らせて湯飲みを割ってしまった時は、縛り付けられて罵倒され鞭打たれた。
痛くて悲しくて泣いても、慈悲を請うたとしても、彼は許してくれない。私を笑って嬉しそうにまた鞭を奮うのだ。
私の両手には常に手錠が付けられていて、あまり自由に動かす事が出来なかった。手錠を繋ぐ鎖は短く1メートルも無く、最低限でしか動く事が出来ない。
私はその状態で茶を淹れ、盆に乗せ、菊のもとへ運んでいた。
ああ、行きたくない。行きたくない行きたくない行きたくない!
けれど行かなかった時の事を考えると、行かないわけにはいかない。
足を進めていくしかなくて。
「遅いですよ」
「申し訳、ありません…」
黒い姿はいつも私を畏怖させる。美しい圧倒的な存在。私なんて消し飛ばされてしまいそうなほどで。
いや、考えてはいけない。余計な事は何も考えてはいけない。今はお茶を溢さずに菊の前に置く事だけを考えなくては。
震える手でじっとお茶の波立ちを見ながら菊の隣まで行き、湯飲みを掴んで菊の右側に置こうと手を伸ばす。
置く寸前鎖が伸びきってがちゃんと手が揺れ、ひやりとした。けれどギリギリこぼれずにすんで、私はほっとする。
その一連の流れを見ていた菊は、こぼれずに湯飲みが置かれた事を不愉快に思ったのか、舌打ちをした。
「貴女は本当に鈍臭いですね」
「す、すみません…」
一応謝るけれども、これくらいの罵倒はどうって事ない。
無事に湯飲みが置けた、それだけで一安心なのだ。失敗した時より何倍もマシ。失敗して何をされるかなんて考えるだけで怖い。