第16章 (日+黒日)遺物、守護する刀 (刀の霊アナザー・死表現)
数週間前。私は、父から一振りの刀を譲り受けた。
父はここ半年あたり寝たきりで、ずっと布団から動かない。時折寝返りを打って、どうにか窓の外の景色を見ようとしているくらいだ。
母は小さい頃に亡くし、それから父の手一つで私は育てられた。
その父がこうして寝たきりになって、往診に来る医者。彼が父に「もう長くない」と言ったのを私は知っていた。
その事を父が私に隠しているのも。
だから私は何も言わず、ただ父の世話をして。
申し訳なさそうにする父に、ただ微笑みかけて、世話をして。
そして唐突に私を呼んだかと思えば、倉庫にある刀を探してきてくれ、の一言。
私はそれを3日かけて探した。なぜこんな事をさせるのかわからない。だけど私は、父が言った、それだけで動いていた。
物でごった返す倉庫の中、埃まみれになりながら刀をようやく見つけ出し父に見せると、父はほっとした表情を見せた。久しぶりに見た表情らしい表情に、私は驚いたものだ。
父はそんな私を泣きたくなるほど温かい瞳で見て。その刀を譲る、大切にしておけ、と言って。
その晩、父は眠るように逝った。
私は刀を握り締め、一人で暗い部屋に居た。
あれからほとんど何も食べていない。無理矢理食べようとすればすぐに吐いた。
食べるもの全て味が無くて。不味い、不味い記憶。
一日中こうして座って、刀を抱きながら父の写真を見つめる日々。しっかりしなければと思うのに、ついていかない身体と精神。
泣き叫んだせいなのか、涙はもう出なかった。
私は体温が移りぬるくなった刀の鞘を抱きしめる。父は、私に記憶しか残してくれなかった。
心許ない、触れもしない、私が死ねば無くなるような記憶。
ただ唯一物として残してくれた刀。父が最後にさせた事、最後に言った言葉。
この一振りの刀だけが、私と父を繋いでいる気がして。