第13章 (黒日)常の夢 (主人と召使い)
「御呼びでしょうか、菊様」
「御呼びだから呼んだんですが」
美しいすらりとした肢体を黒い革製の椅子に沈めて、彼は無表情にこちらを見ていた。
「来るのが遅いですよ。何度言ったら分かるんですか」
「申し訳ありません」
「謝るだけなら猿にでも出来ます」
そんな事言って、私が早く来ても気に入らないくせに。私は吐いて出そうな言葉を飲み込む。
深く受け止めてはならない。しかしそれを悟られてもいけない。
ストレス。唇を噛んだ。
耐えられない。
「用件を言います。貴女、今夜、私の寝床に来なさい」
私は思わず目を見張った。身体が震える。
「そ、れは…」
「まさか断りませんよね?貴女のような者を、この私が召してやろうと言うのですから」
軽く笑いながらそう言った彼は立ち上がり、追い立てるように私に歩み寄った。
こつり。
こつり。
次第に近づくにつれて、彼の黒い笑みが濃くなってゆく。
夜に寝床、という事は。
そういう事で。
真っ黒の瞳の奥に男の欲望が見えて、その瞬間、私の中の何かが音を立てて切れた。