第10章 (日)月の魚
暫くして、ふ、と何かが触れた気がした。いつの間にか眠ってしまったようで、私は意識を浮かせる。
何かが、どこかに触れたような。触れないような。
ぼやけた意識のまま眠気に勝てずにいると、今度は髪に触れる何か。
うっすらと目を開けると、優しく微笑む菊がいた。
「こんな所で寝ていては風邪をひきますよ」
囁くような声が聴こえたけれども、私は月の光を受けた菊に見惚れていて、何も返せなかった。
綺麗だ、と純粋に思った。銀色の光を受けて菊の髪がきらきらと光る。
月明かりに照らされた表情は少し苦笑していて、それすらも特別なものに思えて。
「きれい…」
「…はぁ。寝ぼけてるんですね、仕方のない…」
「寝ぼけてないよ。眠れなくてさ」
返しながら、そういえば、何をしに出てきたんだったか、と考える。
あぁ、池の水音だ。鯉か何か魚がいるなら見たいと思ったのだ。
「ほら、寝ますよ」
その声と同時に、私の身体が浮く。菊が私を横抱きに抱いて持ち上げた。
それに私は目が覚めかけて、でも菊の身体が暖かくて、揺りかごのようで、またすぐに眠たくなって。
菊の指先が優しく頬を滑る。
それがくすぐったくて、私は微笑んだ。
僅かに聴こえる心臓の音と体温。瞳を伏せて、浴衣の合わせを握り締める。
視界の端で銀色の魚が水面を跳ね、宝石のような水滴を散らした。
2014/
(祖国のお宅なら不思議な魚がいてもおかしくない派)