第1章 01~07
眼前につきつけられる力。天人の人ならざる武力。揺るがす権力。
侍の心はどこへ行ったのか。
それを見失った幕府に、将軍に、仕える義理はもはやない。
後ろ髪を引かれるような事があったらどうしようかと思っていたが、思い出される事は何もなかった。
ただ、雨の日の思い出が。
孤児院の戸を叩いた時の、右手に残る温かさが。
子供の見上げる視線が。
純粋な罵倒が。
ただ自分には、無事を祈る事しかできないけれど。
それだけが悔い。
「さようなら」
お庭番衆だった籠三乃芽は、躊躇いない澄んだ瞳で城を去った。
眼下に広がる江戸、歌舞伎町の町並み。月も高く登りつめた深夜、城から逃げ出した乃芽は屋根を渡り歩いていた。
ここまで来れば追手も大丈夫だろう。屋根と屋根とを跳躍し、その傍ら唯一持参した荷物である刀を握りしめる。
「今日どこで休もう…公園とかでいいかな」
言いながら、屋根を飛び。
「まあ大丈夫か。あと数時間のしんぼ…っつあ!?」
たん、と足をついた瞬間。
バキィッッ!!
足元不注意。
しかしまさか、屋根が抜けるなんて思わないだろう。
乃芽の姿はある家の屋根を境に消えた。