第7章 風
ああ 今日も仕事が終わった。やっぱり連続はキツイなあ…明日の休みで疲れ取らなきゃ。
は重たい足を持ち上げて家の中に踏み込む。
「ただいまー」
ガチャン、と背後でドアが閉まる音。それだけが響いた。
しんとした室内に、見慣れた姿はない。
「あれ…買い物かな…」
一人呟いた声すら大きく聞こえる。
まあそのうち帰って来るだろう。はソファに歩み寄り、鞄を脇に投げるように置くとドサリと倒れこんだ。
「……うー…」
眠い。まだ夕方なのに。
時計の音がやたら大きく聞こえる中で、少し休もうとは天井を見上げた。
ぼんやりしていると次第に落ちてくるまぶた。仕事も終わったし、別に逆らう義務もない。
諦めたように閉じると、それはそれは心地よくて。
頭は何も考えられなくなって。
眠りはとても魅力的な夢。誘惑に耐える事もなく、は眠りに落ちた。
さらり。
風が触れる。
柔らかく暖かく、優しく慈愛に満ちた風。
疲れが奪われて取れていくよう。
はそれに少しだけ身じろぎして、少しだけ現実に引かれる。
夢と現の境目をゆらりゆらりと。
水面たゆたうように。
そうして、ふと思う。
風が触れたけど…窓なんて開けていただろうか?
するとその疑問に応えるように、再びするりと風が撫でる。
を現に引く。
解放されるように許されたように目を開けてみれば。
「……起きたか」
バージルが、穏やかな顔で隣に座っていた。
次第にはっきりとしてくる頭が状況を把握する。
風だと思っていたのはバージルが頬を撫でていたのか。
いつ帰ってきたのだろう。テーブルには夕食の皿が並べられ、キッチンからは何かを煮る音が聞こえる。
「…起こしてくれてよかったのに…」
寝顔を見られてしまった。照れ隠しに少し拗ねるように言うと、バージルはの頭に手を置いて立ち上がった。
「あんまり気持ちよさそうに眠っていたのでな。もう夕食ができる。食べられるか?」
うなずくと、バージルはキッチンへ入っていく。何か手伝える事はないかと、も後を追った。
撫でられた頬はしばらく暖かかった。
2007/08/24