第1章 私を忘れないで。 [幸村精市]
「ねぇ、別れよっか」
いきなりの彼女の言葉に戸惑いを隠せなくなる。
今年で付き合って2年になる。
今まで大きな喧嘩もなく、仲良くやってきたつもりだった。少なくとも僕はそう思っている。
「なんで?」
自分で考えてみても特に理由は見つからない。
表情を変えないまま彼女は口を開いた。
「もうすぐ高校も卒業でしょう?
私ね、卒業したら遠くにいくんだ。」
遠くという曖昧な言葉が引っかかった。
遠くというのは外国の事なのだろうか
「遠くってどこに?」
「遠くは遠くだよ。
精市の手の届かない遠いところ。」
その時の俺には彼女の言葉が全く理解出来なかった。
その後話は続かず、曖昧な関係のままだった。
それから俺達は卒業して、もうすぐ春を迎えようとしていた三月の下旬の事だった。いきなり俺の耳に飛び込んできた
彼女の死を知らせる電話。
その後のことはよく覚えていない。
まだ信じられないまま彼女のお葬式にでて、彼女のお母さんから手紙を受け取った。彼女から預かっていたらしい。
そこには彼女の字が。間違いなく僕の愛した彼女がいた。
精市へ
とつぜん別れようなんて言ってごめんね。今更卑怯かもしれないけど大好きだよ。
もうすぐ春だね、桜の季節だよ。精市の好きな花がたくさん咲くね。私ね、精市がお花の手入れしてるのを見るのが大好きだったよ。
今までありがとう。
あの時彼女が言っていた遠くの意味がやっとわかった。
なぜいきなり別れようと言ったのかもすべてわかった。あの時俺が気づいていればもっと君を抱きしめてあげられてたのかな。
「桜……か」
俺はきっとこれから毎年桜の花を見るたびに君を想うだろう。これからずっと絶対に忘れることはないよ。
完