第38章 記憶笑顔
「貴方は誰?」
そう、純粋に問うた彼女。
それが何倍にも何重にものしかかり刃となり、ダンテを襲う。
滅茶苦茶に暴れて、静かに傷を憑ける。
満心創痍。血が溢れ。
つい2、3時間前までは普通であったのに。いつものように、二人で買い物をしていたのに。
彼女は笑い、自分は幸せになり。
なのに。
目の前で交通事故に遭った彼女。
オモチャのように弾き飛ばされる身体。スローモーション。悲鳴。身体。ブレーキ音。心臓停止。持っていたクレープを地に落とし。
目は一点を見つめて動かず。
周りが見えない、呼吸ができない、中で。
クレープを踏みつけて。
地を蹴った。
骨折だけで済んだのは、不幸中の幸い。これで彼女を失ったら、自分は発狂しただろう。
しかし。
自分が彼女を覚えていても、彼女が自分を覚えていないのでは。
目の前にあるからこそ、手が届くからこそ、彼女を失うよりも辛い部分が。
「…ダンテ」
「?」
「俺の、名だ」
すると彼女は、一瞬だけきょとんと首を傾げ、笑った。
まるで以前と同じ笑顔で、まるで知っているとでも言いたげに、笑った。
ダンテはうつむく。
2007/02/06