第10章 冷たい雨
洗濯物を両腕に抱えて、私はベランダの塀から少しだけ頭を出した。
ベランダには屋根が付いていて、頭を出すと、少しだけ髪に雨がぱらつく。
ここからでははっきりとは見えないけど、道路に立つのは黒髪の男だった。
雨が降っているのに傘もささずに立ちすくんでいる。
私はじっと目をこらす。
どきどきと心臓が早鐘を打っていた。
俯いていた男は、少ししてその場から歩きだす。
背が高い。
その制服姿に見覚えがあった。
「…………花宮?」
いても立ってもいられなくなり、私はすぐに部屋に戻った。
バサリと乱暴に洗濯物を置いて、玄関に向かう。
鍵を掴んで、靴をひっかけて、傘を手に、私は外に飛び出した。
開いた傘を片手に道路に出ると、すでにそこには誰もいなかった。
さっきの人はどこに行ったんだろう。
そもそも、あの人は花宮だったのか?
「……まだ近くにいるかも」
巡る不安を無視して、私は足を進めた。
結果的に言うと、マンションの周りに人はいなかった。
誰とすれ違うこともなく、元のエントランス前に戻る私。
駅まで足をのばしてみようか、そう考えたところでひらめいた。
そうだ、その前に、あの公園……あそこに行ってみよう。
さっきの人が花宮だったら、可能性はある。
雨に降られている公園は、昼間とは少し印象が変わっていた。
光を反射して輝いていたフェンスや草花が、今はどこか薄暗い。
まだ夕方だというのに、あんなにたくさんいた子ども達もいなくなっている。
水びたしになった砂利広場を横切って、広場の手すりから身を乗り出し、バスケットコートに目を凝らす。
「あっ……!」
見つけた……!
濡れた手すりを触ることもいとわず、私はコンクリートの階段を駆け下りた。