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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第1章 僕と勇利、時々『デコ』


『怪物は死なず』


SPで致命的なミスを犯し、フリーの最終Gにも残れなかった勇利は、その年の大きな世界規模の大会での優勝争いから脱落したも同然であった。
かつての『皇帝』の歳を超えた今季の勇利は、体力をはじめ足腰の古傷も競技に影響し始め、何シーズンかぶりにGPF進出を逃すという事態にも見舞われていた。
男子フィギュア界を震撼させた『漆黒の怪物』も、ついに終焉の時を迎えるのかと、会場の誰もが思っていたのだ。

「SPで転倒した所は未だ痛むかい?」
「少しの間なら大丈夫だよ。さっきも純にマッサージして貰ったし」
コーチであるヴィクトルの問いに、勇利は至極穏やかに答える。
「俺を前にして、平然と愛人の名前出すんだ?」
「デコかて、昨日に続いて僕に頼んで来たんやんか。けど、思ったより落ち着いてそうで良かったわ」
「何だかここまでやらかしたら、却って開き直っちゃったみたい。それに…挽回する大会はもう1つだけ残ってるからね」
人差し指を立てながらそう言う勇利に、『正妻』と『愛人』は互いの顔を見合わせる。
「昔の僕だったら、きっと怖気づいて逃げ出してたかも知れない。でも、今は何だか妙にワクワクしてるんだ。ヴィクトルは勿論、純や…スケートを通じて色んな『愛』をくれた皆への感謝の気持ちをこのフリーで表現したくてたまらない」
「勇利…」
「それでこそ、俺の勇利だ。ここまで来たら、もう何も言うことはない。お前の…俺達の『愛』を、存分に見せつけてやるんだ」
「どさくさに紛れて何言うとんねん。勇利は皆、て言うたやろ」
「One of themのお前と違って、俺は勇利のパートナーなの。特別なの!判る!?」
「あはは。じゃあ、2人共行ってくるよ」
やがて名前をコールされた勇利は、全ての迷いを吹っ切った表情でリンクの中央へと進んでいった。

その大会での『漆黒の怪物』勝生勇利のFSは、魂の演技とも呼ばれ、彼の引退後も長くファンの間で語り継がれる事となった。
彼のスケート人生の全てを捧げたというにも相応しいその演技は、怒涛の巻き返しで銅メダル獲得までに至り、その大会で金メダルを取った『貴公子』を、「だから、俺はいつだってお前に勝った気がしねぇんだよ」とボヤかせた程である。
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