第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『嵐の前の深夜』
脱いだりしない程度のほろ酔い状態となった2人は、その場のノリで過去の恋愛や初恋から少々生々しい話題を繰り広げていた。
「勇利は昔からモテてたやんか。僕が当時おったリンクでも、女の子らの間で『勝生勇利ファンクラブ』あった位やで」
「それ言うなら純も人気あったやろが。いつやったか福岡でのアイスショーに純が来た時、黄色い声援凄かったと」
「ファンサと私生活は別モンやからなあ。怪我する前も後も彼女いた事あったけど、どれも長続きしいひんかったし」
「何で?純、女の子の扱いば結構上手そうやのに」
「どうしても競技中心の生活になるから、最初は理解してくれるけど、結局『私はスケート以下の存在なのね』ってフラれるパターンや。まだハッキリ言うてくれるんはええ方で、中には当て付けがましく新しい男連れで『お前より俺の方がコイツを幸せにできる』とかほざいてくんのもおったしなあ」
「そういうの、やぐらしかね」
「同感やけど、彼女らも勇利には言われたないやろなあ」
京都から持参した芋焼酎を新たに開けると、純は言葉を重ねる。
「そういう勇利は、どないやねん?初恋やった優子ちゃんはともかく、大学やデトロイトでガールフレンドとかおらんかったん?」
「うぇっ!?ぼ、僕は…その」
思わず酔いも覚める勢いで裏返った声を上げた勇利は、無言で追求してくる純の黒い瞳にタジタジとなる。
「えっと、大学ではリンクメイトや同級生以上の付き合いはなかったし…デトロイトは…その…」
歯切れの悪い勇利を見て、純はロックグラスを手に続きを促した。
「ある女の子とちょっとだけいい雰囲気になって…何回かデートした後、彼女の部屋に誘われて…」
「おおー」
「まあ、その…向こうからグイグイ来てたし頑なに断るのもなって、ベッドまで行ったはいいけど…ダメだったんだ。彼女にも恥かかせちゃったし、それっきり」
ちゃぶ台に突っ伏した勇利の前に、純は新たな酒を注ぐ。
「多分その子の事、ホンマに好きじゃなかったんや。あんま気にせんとき」
「うん…」
(だって、僕の本当の好きな人は昔から…)
酒気を帯びた勇利の脳裏に浮かんだ愛しい人が現れたのは、翌日の大雪の日であった。