第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『まどろみの君』
キッチンから戻ってきた守道は、ソファの上でオタベックがうたた寝しているのを認めた。
休日に守道の部屋に訪れた恋人とモトレースのBDを観ていたのだが、遠征から戻って来たばかりのオタベックは、いつの間にか眠ってしまったのだ。
飲み物を置くと守道は軽く呼びかけたが、オタベックは目を覚まさない。
「だから、もう少し落ち着いてから会おうと言ったのに」
競技シーズンが始まり、各地へ遠征続きだったオタベックは、やっと1日だけ取れたオフを守道と過ごすと聞かなかった。
彼の体調を考え延期を促すも、「俺が良いと言ってるんだ。オフの日に貴方に会う事に、何の問題があるというんだ」と、普段の彼からは想像もつかぬ程の幼いふくれっ面を見せてきたのだ。
彼の友人であるユーリやスケート仲間からは「ムッツリ」と評される事の多いオタベックだが、守道の前では感情豊かで雄弁な所がある。
特に共通の趣味である写真とバイクの話題は、時としてこちらが圧倒されそうになる程夢中になるし、リンクで闘う『英雄』ではない素顔を、守道には惜しげもなく晒してくるのだ。
そして今日も、前から見たがっていた日本のモトレースを嬉々として観賞していたのだが、やはり遠征による疲労には勝てなかったらしい。
しかし、殊の外安らいだ表情で眠りに就く恋人の無防備な姿に、自然と守道も口元が綻ぶのを覚えた。
ずっと根無し草のような生き方をしてきた自分が、初めて心から手に入れたい思った相手。
我ながら恐れ多い真似をしたと考える一方で、守道は、この愛しい彼とならばどんな事でも出来そうな気がしてくるのだ。
恋人の前髪を軽く払った守道は、横抱きの体勢でオタベックを寝室へと運ぶ。
妙な浮遊感に薄っすらと目を開きかけたオタベックだったが、
「君は文字通り俺のアルティン(黄金)、宝物だよ。可愛いオタベック」
耳元で囁かれた言葉に思わず鼓動が跳ね上がるのを覚えた。
咄嗟に硬く目を瞑るが、僅かな身じろぎに気付いたのか、恋人の優しくも意地悪な声が聞こえてくる。
「ひょっとして、起きてるの?」
「……寝てる」
「そう」
己の胸元に顔を寄せる恋人の身体を、守道は愛おしそうに抱え直した。