第13章 悪魔
「レイプじゃ、なかった…
あの日、ここで見た夢と同じだったんだ
振り返ったら兄さんが居なくて…砂浜に落ちてた携帯のランプが青く光ってて…
“家には帰らない”、って…
夢では電話が切れた後、海に何かが落ちたような音がした所までだった
でもそこで終わりじゃなかった…!」
堰を切った様に話し始めたカズくんの手をギュッと握った
「咄嗟に兄さんが海に落ちたと思った
だから俺は、走って…灯台の階段を登って…
落下防止の柵から身を乗り出したんだ
そしたら勢い余って海に…落ちて、」
「…っ、」
「聞こえたんだ
“カズ!”って俺を呼ぶ声が
兄さんの声が微かに聞こえたんだよ…
なんだ、兄さん海に飛び込んだんじゃなかったんだ。って
良かった…って安堵して、
それから海の中で…意識を手放した…」
次にカズくんが気が付いた時には病院のベッドの上だった
自分の身に起こった事を思い出そうとしても
一部の記憶を失くしていた為に、お兄さんを置いて帰るフリをして砂浜を歩いていた所までしか思い出せなかった
そして
聴こえてきた母親のむせび泣く声に掻き立てられるように
カズくんの記憶が一瞬にして捏造されたんだ
『智を返して』という言葉が
兄は死んだのだと思い込ませた
『和也が智を殺した』という言葉が
自分のせいであると信じ込ませた
だからカズくんは
意識を取り戻した事を知って駆け付けた医師に名前を聞かれて
自分は“大野 智”だと告げたんだ
大野 智として生きる事が
自分を殺す事が
自分に関わる全ての人への懺悔になると…
そう思ったんだ