第61章 風待ち月(10)
ベタつくような湿度の高い空気。
嫌な予感のせいか、
その空気のせいか、
じっとりとした汗が背中を伝う。
まさか、また嫌がらせ?警戒心が募り、一歩下がると築城さんはフッと表情を和らげた。
「家康に近づくなって忠告なら、何度言われても聞くつもりは……」
「まさか。貴方に丁度、謝りに行こうと思ってた所なの」
「へ?私に謝りに?」
思いも寄らない展開に拍子抜けした私は、思わず間抜けな返事をする。すると築城さんはニッコリ笑って……。今までの嫌がらせを切実な声で、謝ってくれた。
「幼馴染の貴方に嫉妬して。ついあんな事をしてしまって……本当にごめんなさいね?」
許して貰えるかしら?
「私は別に……」
許すも何も。そう言葉を続けようとした時、急に築城さんは照れ臭そうに、頬に手を当て……
「実はさっき、家康君にダンスの相手に誘われて///やっぱり、私のこと…///」
嬉しそうな声で話を始め……
え……。
築城さんを……?
ーー好きな子、いるから。
家康が……?
「だから、貴方にちゃんと謝らないといけないと思って///」
築城さんはいつの間にか、私の横まで移動していて……肩に手を乗せた。
「もし、付き合うことになったら仲良くしないとね?幼馴染さんとは」
築城さんのその言葉が耳を素通りするように、フッと消える。
ただ、何故か胸の中には重たく残って……。
「そ、そっか。良かったね!」
笑わないと。
そう思うのに、頬の筋肉が固まったように動かない。
「わ、私。先生に呼ばれているから!」
早くその場から立ち去りたい気分になり、築城さんの隣を通過する。
「明智先生なら、そっちの山道をさっき歩いて行ったみたいよ?危ないから、テントから懐中電灯取ってきたら?」
「う、うん!ありがとう!」
私はテントから懐中電灯を取ると、山道に足を入れた。
(家康の好きな人って、築城さんだったの……?)
そんな風には、全然見えなかったのに。
『工事中(危険)』
懐中電灯を点けず、
ただ握りしめただけの私は……
その看板には気づかなかった。