第243章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(30)時が繋がるルージュ編
撮影セットの中、
また、嵐のようにシャッターが切られ……次第にノッてきた編集長とカメラマンは色々と注文を付け始めた。
「少し裾から足を見せて貰えないか?」
「手を頬に添えて、流し目頼むよ!」
要望は先程の撮影イメージとは全く別の女の子。愛しい人に心を踊らせる平和な世の女の子ではなく、愛しい人を切なげに思う儚い乱れた世の女の子。
レンズが捉える表情は哀愁が漂う、悲しげでどこかぼんやりとしていて……隠された感情や情緒を垣間見せるような仕草や動き。
「ひまりちゃん!ラストは戦に行っている家康くんに思いを馳せる……そんな表情を貰えないか?」
「え……?戦に?」
ひまりはそう容易く想像出来ない要望に、困惑の色を見せる。
(好きな人が戦に行ってるなんて……)
考えるだけで、ずきりと痛む胸。
きっと戦になど行って欲しくはなかったはずだと……その女の子の心境を読み取るようにゆっくり深呼吸をして、目を閉じた。胸に手を添えれば、そこから広がる光景。涙を必死に堪え愛しい者を、心から武運を祈って送り出す……そんな女の子が目の奥に浮かぶのと同時に、ひまりは鏡台の前にいる自分に触れ……
(頑張ったね……きっと、もうすぐ会えるよ)
その時の強い心を賞賛するかのように、
薄っすら涙を浮かべ微笑む。
不安も期待も入り混じった、
そんな複雑な笑みだった。
「す、ごい……」
誰かが呟いたその一瞬……
その場に居た者は息を自然と呑み込む。
スタジオの中が静まり返り……
シャッターを切ったカメラマンが我にかえるまで、暫く時間がかかった。
「いい絵が撮れたよ!」
「感情移入したら思わず、涙ぐんでしまって……コンタクト取れちゃうかと思いました」
金に近い……琥珀色のコンタクトを合わせるようにひまりは目頭を押さえ、瞬きを繰り返す。
「オッケー!よし!昼休憩後、ツーショット撮影に入るから皆んな気合いを入れておいてくれ!」
「「「はいっ!」」」
写真画像をパソコンで確認した後、編集長のその言葉が合図のようにスタッフは声を合わせ返事をすると、スタジオから姿を消した。