第238章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(25)時が繋がるルージュ編
コートの袖を捲り、俺も腕時計に目をやると背中をフェンスから離す。
「鍵がかかっていたからな。助けようにも不可能だっただろうが……扉を叩いて騒ぐぐらいしても、別におかしくはない」
「……そう言えば。……ひまりが確か、外側から誰かが壁を叩いたから…一時…ロッカーに……」
家康がボソッと喋りかけた時だ。
夜の塵に覆われ、静まりかえっている路地に革靴の底が響き渡り……
二軒先の道のり。それを月が丁寧に照らし、一人の影を浮かび上がらせた。
「家康くん!ここに居たのか!」
「おじさん!」
家康は柱から背中を浮かせ姿勢を正すと、ひまりの父親に近づく。どうやら夕飯の準備が出来たことを告げに来たらしい。俺のこともしきりに誘ってきたが、もう家康と話は済み今から帰宅する所だと説明。
「そうですか。ではまた、次の機会にでも」
残念がる声を聞き、
歓迎を受けた礼だけは伝える。
「おじさん。今日は……」
「そうだ。今日のこと、先に礼を言わないといけなかったね」
言葉を途中で遮られ、家康は呆気に取られる。何故、礼を言われるのだろう、まさにそんな様子で突っ立っていると、父親は穏やかな笑みを浮かべ……
「感謝している」
家康の両肩に手を置いた。
それ以上は何も言わなかった父親。
(ひまりの性格は、父親譲り…か…)
心中で名付けようもない感情を少々抱いたが、居場所がみつからぬままどこかに消え……
「今日は、色々と……」
「フッ。貴様に言いたい事は腐るほどあるが、今宵は名目上、怪我の見舞いだ」
俺は、車に乗り込み……
「……思っている以上に、皆が気にかけている。それだけ肝に命じておけ」
扉を閉める直前にそう告げ、すぐにエンジンをかけると俺はサイドを引きアクセルを踏んだ。
教員、大人としては家康の今回の行動は指摘する所だが……
危険を顧みず、真っ先に向かった家康の娘の想う気持ちは……父親としては、限りない喜びなのだろう。
ハンドルを握りながら、カリッ…
金平糖を口の中で転がした。