第233章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(20)
小指を揺らして、口ずさむひまり。
そんな姿を昔の姿と重ねれば、あいつらに殴られた傷も自然と柔らいだ。
流石に焼きそばは完食出来ず。
ひまりは袋に一まとめにして、持ち帰ろうと自分の鞄の中に仕舞う。
「ひまり。悪いけど、鞄から携帯出して。……父さんに連絡しとくから」
「うん。あれ?でも、先生が連絡したって……」
「何時に行くかは、連絡してないだろうし……念の為」
それとない理由。
俺はひまりから携帯を受け取り、
画面上で指を動かす。
「……そう言えば、クレープ食べたいんじゃなかった?……病院行く前に、買ってあげる」
「いいよ!ゆっちゃんのプリンがあるから!ふふっ。約束、覚えててくれただけで嬉しいよっ」
ひまりがどんな表情して、
そう言ったかは見れなかった。
(……忘れないよ)
絶対に。
画面のメモを見ながら……
そう、昨日の日付の俺に約束した。
裏庭___
裏庭にある石碑の奥。
奥に進めば進むほど、神聖な空気が色濃くなり、普段なら誰も踏み入らない林、一本の木の枝。そこに黒いマントがかけられ、冷やっとした風が流れ……はためく音。
「開花を始めた。鏡の中でね」
「………そうか。なら、もう一つの神器も……あとで、見てくるよ」
「気をつけろよ、信康。お前を嗅ぎまわってるヤツいるからな」
「………わかってる」
だから、助けてやれなかった。
太い木の枝上に揺れた二つの影は、
その呟きは聞かずに動き始めた。
石碑___
ジャリ……。
文化祭に来ていた佐助。眼鏡の奥を光らせ、石碑に指を滑らし、普段、冷静沈着な表情を歪ませる。
「こんな所に、ヒビが……」
『約束の地』の『約』の文字に入った亀裂。
眼鏡のフレームを強く中指で押し当て、口を真一文字にして考え込んだ。