第8章 11月
会話の邪魔ができなくて、
近くで会話を盗み聞いてた。
その会話が、なんともあおさんらしかった。
同い年みたいな会話。
「お薬、頑張って飲んできなよ」
「イヤだ」
「真矢さん飲まないと元気になれないよ?」
真矢さんと呼ばれる五歳くらいの女の子。
パジャマ姿で、どうやら薬を飲むのがいやで
小児科を脱け出したっぽいですね。
・・・・・・何しにここに来たのか忘れかけてましたわ。
「飲んだって治らないんでしょ?」
「治るよ」
「美香は死んだ」
「真矢さんは美香さんの分長生きして」
「・・・」
「イヤだ?」
横に首を振った真矢さん。
本物の看護師を感じます。
あおさんはお仕事のときこんな立派なお姉さんなんですね。
「イヤなことを越えれば、必ずイイことがやってきますよ」
「なんで言い切れるの?」
「信じてるから」
椅子に真矢さんを座らせたあおさんは、遠い目をして話し出した。
「私、お付き合いしてる人がいるの」
「うん」
子供にはまだ早いであろう話をし出すあおさん。
でもそれが、子供にとっては距離を感じないから
馴染みやすいのかもしれない。
「その人ね、記念日を忘れてたの。今も」
私のことですね。
「最低」
真矢さんに最低って言われました。
まあ、本当のことですけど。
「でも、信じてる。来年こそは・・・って」
「なんで?」
「好きだから」
「葵は・・・イヤじゃないの?その人」
子供に葵と呼ばれるあおさん。
あおさんは・・・どれだけ私を大切に思ってくれてたの。
「イヤじゃないよ。大好きなの。だから、信じてるの」
「イヤなことを越えれば、必ずイイことがやってくる」
「・・・きっと真矢さんの病気は治る」
そこまでいくと、向こうから小さい子供三人と看護師が走ってきた。
「真矢ちゃん。行こう?」
「行こうよー」
真矢さんは頷いて、あおさんに微笑んだ。
「葵ばいばい」
「うん。またおいで」
「最低な人の話聞かせてね」
「ふふっ。もちろん」
看護師と真矢さんと子供達は帰って言った。
「葵ばいばい」
「葵ー」
皆、葵と呼びながら。