第86章 許されざる呪文
「できれば呪文をかけられぬようにするほうがよい。油断大敵!」
突然のムーディ先生の大声に、みんな飛び上がる。私も驚いた。ムーディ先生は、宙返りをしているクモを摘み上げ、ガラス瓶に戻す。
「ほかの呪文を知っている者はいるか?何か禁じられた呪文を?」
ハーマイオニーの手が再び高く挙が高くあがる。それから、なんと、ネビルの手も挙がった。事情を知っている私は、複雑な感情を覚える。
ネビルが、いつも自分から進んで答えるのは、他の科目より抜群に得意な薬草学の授業だけだった。そのため、みんな驚いているように見える。ネビル自身も、手を挙げた勇気に驚いているような顔だ。
「何かね?」
「一つだけ...'磔の呪文'」
ムーディ先生は、魔法の目をぐるりと回してネビルを見据える。ネビルは小さな、しかしはっきり聞こえる声で答えた。ムーデイ先生は、ネビルをじっと見つめる。今度は両方の目で見ていた。
「おまえは、ロングボトムという名前だな?」
魔法の目を出席簿に走らせて、ムーディ先生が言う。彼は、どういう気持ちで確認したんだろうか。ネビルは、こわごわ頷く。しかし、ムーディ先生はそれ以上追及なかった。
ムーディ先生は、教室全員のほうに向き直り、ガラス瓶から二匹目のクモを取り出し、机の上に置く。クモは、恐ろしさに身体がすくんだらしく、じっとして動かない。
「礫の呪文。それが、どんなものかわかるように、少し大きくする必要がある」
ムーディ先生は、杖をクモに向ける。
「"エンゴージオ(肥大せよ)"!」
クモは膨れ上がり、タランチュラよりも大きくなった。それを見て、ロンは椅子を引き、ムーディ先生の机からできるだけ遠ざかる。ムーディ先生は再び杖を上げクモを指し示し、呪文を唱えた。
「"クルーシオ(苦しめ)"!」
たちまち、クモは脚を胴体に引き寄せるように内側に折り曲げて引っくり返り、七転八倒し、痙攣しはじめた。何の音も聞こえないが、クモに声があれば、きっと悲鳴をあげているに違いない。ムーディ先生は、杖をクモから離さず、クモはますます激しく身体を振りはじめた。
「やめて!」
金切り声をあげたハーマイオニー。その視線の先は、クモではなく、ネビルだ。ネビルは、机の上で指の関節が白く見えるほどギュッとこぶしを握り締め、恐怖に満ちた目を大きく見開いている。