第1章 プロローグ
美しかった森が、清らかだった泉が――
「兄さんっ!! やめて!お願いやめてっ!!」
ギャハハハハッ、と汚い笑い声が火の森を支配する。
背後で イヤァアア ウワアアア と何百、何千の悲鳴と叫び声が響いて消えて響く。
見なくても老若男女の天使達が惨たらしく殺されている姿が、止むことの無い斬首の音と断末魔で想像できてしまう。
お願いやめて殺さないで死にたくない許して死にたくない死にたくない死にたくない
「嫌あぁあああぁぁあああああ!!」
耳を塞いでも聞こえる声。昨日まで互いを慈しみ合った優しい声が、絶望に塗れたまま消えてゆく。
「お゛、ねがっ…お願いっ…にぃさっ…兄さんっ…!!もう嫌だッ!嫌だぁっ!! もう何もしないで誰も殺さないで!!」
もう残っているものは殆ど無い。国は堕ちた。森は燃えた。仲間は死に、地と泉に死体が並ぶ。
「真冬様ッ!!!」
背後から叫び声が聞こえた。
荒々しくも、勇ましい叫び声が私の鼓膜を震わす。
「ムタ…ッ」
私の護衛。
私の大切な人。
「ムタッ…ムタッ!!」
涙を拭う余裕なんて、無かった。
鎧を着る暇さえ無かったのだろう。濃紺の上下服に返り血を纏ったまま、剥き出しの愛刀を片手に私のもとへ駆けてくる。
「邪魔」
ドッ、と
轟音の中で、それはハッキリと聞こえた。
目の前で、ムタの首がどこかへ消えた。
ムタの体は、首の無いまま3歩程走り、地面へ崩れ落ちた。
「…………ぇ」
ムタの首が消えた場所に、ムタの首はあった。
光の消えた虚ろな目が、私を見つめる。
「あ……ぁ…あぁ……」
地面に転がっていたムタの首が宙に浮く。
一番目の兄が、ムタの首を片手に私に近付いた。
「おいおい。そんなアッサリと…もったいねーなぁ」
あーあ、と二番目の兄が私の背後で嘲笑う。
「なかなか見っかんなかったんだよ。生きたまま串刺しにしてやろうかと思ったのに…――まぁ、面白いモン見れたから、いっか」
ポイ、とムタの首が投げられる。
それは地面を転がって、私の足先にぶつかって止まった。
ムタの首先から僅かに流れ出る血が、私の素足を濡らす。
「ゴミ処理、完了!!」
パンッと手を叩き、二人の兄が嗤った。