第10章 涙と笑顔
「あの・・・私、練習戻ります」
「おお、そうしろ・・・ほら、これ貸してやるから顔洗っていけ」
そう言ってヒカリが立ち上がった。少しずつ表情も口調もいつものヒカリに戻ってきていた。ただ、目はまだ赤く頬にも涙の跡が残っていたから、俺は首に掛けていたタオルを渡してやった。
「はい・・・あの、本当にありがとうございました、宗介さん・・・そ、それじゃ」
更衣室から出て行こうとするヒカリ。その小さな後ろ姿をぼんやり目で追っていたら、なぜか俺はヒカリを呼び止めていた。
「・・・ヒカリ」
「はい?」
立ち止まって俺を振り返るヒカリ。大事そうに俺のタオルを胸に抱えている。
「お前・・・その・・・泣いてるよりも・・・笑ってるほうが・・・いいぞ・・・」
「・・・へ?」
自分でも何を言っているのかよくわからない。
・・・ただヒカリが泣いていると俺のペースが狂った。それが嫌だった。いつもみたいに俺にピーピーうるさく言い返してきたり、いちごみたいに赤くなってればいい。そう思ったのは確かだった。
「・・・そのほうがまだマシに見える」
ほらヒカリはまたいちごみたいに、顔を赤くして怒るに決まってる。そう思った。
・・・・・・だけど違った。
「・・・・・・・・・はいっ!」
きょとんとした表情で少し沈黙した後、ヒカリはにっこりと笑った。パッと、まるで花が咲いたかのように。
「・・・!」
ドクリと心臓が大きく音をたてた。
(・・・なんだ、こいつは・・・・・・)
ただ、ヒカリが笑っただけなのに。
ヒカリが出て行って少しした後、着替えを始めても、この鼓動はしばらく鳴り止みそうにもなかった。