第3章 息もできないぐらいに
「あ、ヒカリちゃん。もう練習再開するよ」
飲み物を取ってきた私は、江先輩達のところに戻ってきた。さっきの凛さんの言葉を思い出すとなんだかくすぐったい。
「はい!あ、さっき凛さんとお話してきました。とっても素敵なお兄さんですね」
「ふふ、そうでしょ!自慢のお兄ちゃんだもん。筋肉も最高だし!」
「えっと・・・筋肉はよくわかりませんけど、とっても優しかったです」
嬉しそうに頬を染めて話す江先輩を見ていると、正直羨ましいなあと思ってしまう。あんなお兄ちゃんがいたら、本当に自慢だろうなあ。
「でしょ?!・・・あ、宗介くん、来たみたいだね」
「・・・げ」
幸せな気持ちから一転・・・江先輩の言葉で、我に返る。プールの入口の方を見れば、確かにあの山崎宗介がいた。他の部員達と少し挨拶しながら、肩を念入りに回している。
「あはは、大丈夫だよ、普通にしてれば。さ、練習再開!!」
「は、はいっ!」
思わず出てしまった私の『げ』を聞いて、江先輩が笑う。だけど、その笑い声を聞いて少し気持ちが楽になる。距離も離れてるし、まさかまた意地悪しに来るなんてありえないだろう。江先輩の言う通り、普通にしてれば大丈夫なはず。
練習再開後、少しして真琴先輩がタオルで頭を拭きながら私のところへ来る。
「ヒカリちゃん、今の俺のタイム、見せてくれる?」
「あ、はい。これです、真琴先輩」
「ありがと・・・あ、山崎くんも今から泳ぐみたいだね」
「え・・・」
真琴先輩の言葉に思わず顔を上げてしまう。スタート台の上に立つ山崎宗介が私の目に映る。そのままスタート台の端に指先を掛けて、飛び込みの動作へ。ゴーグルをしててもわかる、この前とは違う真剣な表情。力強くスタート台を蹴って、一瞬の後に指先から着水。そして・・・・・・
「ヒカリちゃん?」
「・・・・・・」
真琴先輩の言葉も周りの物音も、何も私の耳には入ってこなくて。息をすることも忘れるぐらいに、私は彼の泳ぎに心を奪われていた。