第9章 引き篭もりがちなスイートハニー
「史佳」
「何、日吉君」
にこり、と笑う。
その笑顔は、前と何ら変わっていないように見えた。
しかし、史佳は確かに変わってしまっていた。
人の恋を、信じなくなっていた。
けれど日吉は、そんな彼女を変えようとしていた。
「史佳、俺と付き合ってくれないか」
「どこに?」
「そんなベタな切り返しは求めてねぇよ」
相変わらずの不遜な表情で日吉は言う。
史佳はあの二ヶ月の間にも変わらなかった日吉のその表情に、少しだけ笑った。
「なんで?私は、人を貶めてそれに喜びを感じた最低な女だよ?」
陰りを帯びた、アイスブルーの瞳がそっと瞬く。
彼女は当初の宣言通り、夏川莉香を追い出したことを後悔はしていなかったが、罪悪感は感じていた。
しかし日吉は、なぜそんな感情を抱くのかと心底不思議に思っていた。
あんな女のために、なんでお前がそんな顔してやらなきゃなんねぇんだよ。
「だから、日吉君。もっと他の素敵な女の子を探した方がいいと思うよ?」
「うるせぇ。俺はお前がいいんだよ。俺の感情をお前が指図すんな」
「あはは、日吉君たら強情なんだから」
史佳はやはりおかしげに笑うばかりで、日吉の言葉に取り合おうとはしない。
そろそろ跡部兄が姿の見えない自分たちを訝しんで邪魔しに来る頃合いだろう。
夏川莉香のせいで彼の妹への過保護ぶりはさらに酷くなっていた。
舌打ちしたい気持ちを堪えながら、日吉はぐいと史佳を自分の方に引き寄せた。
抱き締めはしない。まだその資格は自分にはないから。
吐息がかかるほど近くで、彼は史佳に告げる。
「じゃあ、形だけでいい。その内ぜってぇ落としてはやるが、他の奴らが寄って来ないための防壁がいる」
「んー…まあ、いいけど。どうせ日吉君、すぐ別れようって言うだろうしね」
「言わねぇよ。お前が音を上げる方が先だ」
「あはは、どうかなぁ」
だって私は、もう前みたいないい子な私じゃないんだから。
私は悪い子。最低な子。
こんな子を好きになってくれる人なんて、きっと家族や友達しかいない。
私に恋をしてくれる人なんてもうきっと二度と現れないし、きっと私も一生その人を信じることはないのでしょう。