第1章 序章
夜の帳が月さえも隠す真夜中鬱蒼と木々が生い茂る中を、一頭の馬が風のように駆ける。
馬の脚からは赤い汗が滲み出ていて、それが蹄の音に合わせ星のまたたきのように夜の森の中輝いた。
――――まるで、赤い流星のように。
馬の蹄の音に隠れるように、か細い息遣いが聞こえる。
女の声だ・・・。馬にしがみつくように体を密着させ夜の森を駆けていた。
薄汚れた外套、白い繊手からにじみ、こびりついた汗と血・・・。
もう何日も馬を駆けていたような風貌だ。
否、実際に何日も駆けたのだ、この昼さえ暗い道を・・・・。
最初の頃は、真昼の人通りの多い道だけ避けて、人がいない道を選びながら進んでいた・・・。
しかし、実際に『人がいない』訳ではなかった。
夜盗、物乞い、闇商人・・・・人には言えない家業を生業とした人間に捕まりかけた。
その者達に、手持ちの食料や服、装飾品を与えながら、何とか逃がしてもらった。
しかし、とうとう手持ちの宝飾があと一つとなった。
この一つの宝飾・・・・売れば旅の護衛も食料も買え、その後も食う寝るに困ることなく遊んで暮らせるだろう。
しかし、手放す気は毛頭なかった。
これだけが失った自分に残された唯一のものだから、
これだけでイイ・・・他は何も望まない。
そう思ってあの国とあの人と離れたのだ。
だから、人が絶対入らないと噂される『迷いの森』に入ったのだ。
うっそうと茂るこの森に入ってもう何日になるだろう、食料や水には困らない・・が、森を抜けることが出来ない。
川を伝い、森に差し込むわずかな光を目指しても、
自分がどこに向かっているのか、来た道すらもわからない。途方に暮れていた自分の前に現れたのは・・・
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後方から蹄の音が聞こえ女は息をひそめ、手綱を強く握りしめた。
馬はさらに速度を上げた。