第5章 デートの後で…/鎌先靖志
「バレンタインという行事はこの世に存在しない!!」
選手宣誓でもするかの如く、胸を張ってそう声を張り上げた鎌先に続けとばかりに、低く唸るような声が教室中に響いた。
それは鎌先と同様、クリスマスからこちら愛だ恋だと浮かれている世の中を憎む男達の哀しい雄叫びだった。
「製菓業界の販売戦略に乗せられて、ただのお菓子一つに一喜一憂する! かくも愚かしいことがあろうか?! 男子生徒諸君よ、君達なら分かるだろう! さぁ、声を一つにして、立ち上がるのだ!!」
時代が時代なら、国を背負って立つ人材になりえたかもしれない、なんて一瞬血迷ったことを考えてしまうくらい、鎌先の演説は堂に入っていた。
「茂庭、あれ止めなくていいのか?」
「止めようがないだろ……笹谷、お前止められるか?」
「……いや、ムリだな」
鎌先のチームメイトである茂庭と笹谷は、わざわざ他所のクラスにまで来て声高らかにバレンタイン反対運動を展開している鎌先の姿を遠巻きに眺めていた。
壇上の鎌先に近づけば、同類だと思われそうで、茂庭も笹谷も迂闊に近づけないでいた。
鎌先達の通う伊達工業高校は、一応共学なのだが、その女子生徒数は他の共学の高校に比べると格段に少ない。特に、普通科を有するいわゆる普通の『高校』と比較すると、その差は顕著だ。
「毎年、よくやるよな鎌ち……」
「よっぽどチョコ欲しいんだろうな、アイツ」
「だろうなぁ。でなきゃあんなに反骨精神むき出しにしないだろうな」
「素直にチョコ欲しいって言えばまだ可愛げあるのにな……」
「素直に言える奴なら、義理でももらえてるんじゃないか、チョコ」
「確かに……」
茂庭と笹谷の両名は半ば呆れた顔で、いまだ壇上で熱く語っている鎌先を見やった。まぁどこから言葉が出てくるのか不思議なくらい、今の彼は饒舌だった。あれだけスラスラと流れるような演説が出来るとは、普段の彼からは想像もつかない。
「でもまぁこの環境じゃ、ああやって吠えたくなるのも無理ないかもな」
「右も左も野郎ばっかりだからなぁ」
「最近は男同士でチョコやり取りする奴もいるって話だけどな」
「マジか……それって、恋愛的な意味で?」
「さぁ? 女子同士でもやるじゃん? 友チョコっての? そういう感じじゃないのか?」
「鎌ちが聞いたら『嘆かわしい!』とかって叫びだしそうな話だな」