第16章 愛の言葉を聞かせて/天童覚
「──人から聞かされるなんて、ありえないよね?!」
ドン! と勢いよくグラスをテーブルに置いて、対面に座る獅音くんに迫った。先ほどまでにこやかな笑顔だった獅音くんは笑みを浮かべつつも口端を引きつらせている。
「悪い、俺もう知ってるものだと思ってたから」
「獅音くんは悪くないよ。悪いのは覚くん!!」
賑やかな居酒屋の店内で、剣呑な雰囲気なのは私と獅音くんがいるこの個室くらいだろう。
そもそも自分から場所と時間を指定しておいていまだに姿を現さない覚くんがいけないのだ。
先に来ていた私と獅音くんの間で、まだ来ていない覚くんのことが話にあがるのは当然の流れで。
獅音くんがさっきの話題を振ったのも至極当然だと思う。
3日後に覚くんは海外に──フランスに行く。
そんな大事な話を、まさかまさか彼女の私に話してないなんて、獅音くんは思ってもみなかっただろう。
「いや、まぁ…ほらあの天童の事だから。何か俺達が思いもよらないこと考えてんじゃないかな?」
「確かにちょっと枠から外れたとこあるけどさ……だけど、付き合って4年になる彼女に何も言わないなんてある?!」
「……ないなぁ……ないよなぁ……」
「──今日3人で飲もうってなったのって、もしかして」
自分の口から、一番聞きたくない言葉が飛び出そうとする。
でもだって、それ以外考えられない。
「もしかして、別れるため……だったりするのかな」
獅音くんが息を飲むのが分かった。
一呼吸おいて、いやいやと首を振り始める。
「居酒屋で別れ話はしないだろう。俺もいるのに」
「獅音くんを仲介役に、なんて思ってるのかも。私と2人じゃもめるかもって」
「うーん…そうかなぁ」
「だってフランス行く直前だよ? 行く前に関係清算しておこうとかそういうつもりなんじゃ」
駄目だ。一度悪い方に考えるとずっとそっちの方にばかり考えがいってしまう。
獅音くんに不安をぶつけてしまうのは申し訳なかった。
彼は何も悪くない。ただ今日たまたま一緒に飲むことになっていてだけだし。
それでも刺々しい口調で獅音くんに言葉を放ってしまう私は、3日後に迫るフランス行きのことを覚くんが何も話してくれなかったことが、余程ショックだったみたいだ。