第11章 新年のご挨拶/西谷夕
「ど、どうせイタズラだろ。こんなの」
そう言ってみたけど、龍の目は笑ってない。
重々しい空気をまとって龍はゆっくりと首を振る。
「『スキ』と。そう確かに書いてあるではありませんか」
菩薩顔になった龍が、いやに丁寧な口調で言うもんだから、俺は余計にそれに反発したくなった。
だって今までアイツがそんなそぶり見せたことあるか?
ずっと隣で育ってきたのに、今までだって一度もーー。
「隅に置けませんね、西谷クン」
悟りを開いた仏さまの声音ってそんななのか分かんねぇけど、それっぽい感じで龍が言う。
「違う。コレは絶対、ただのイタズラだって」
俺をからかおうとして、とかそういう。
イタズラだと何度も口にして、そう思い込もうとしたけど。
言えば言うほど『はそういう冗談やるやつじゃない』って思いが膨らんでくる。
イタズラじゃないとしたら。
の本心だとしたら。
試合でも経験したことのないくらい、心臓がバクバクしだす。
時折胸の奥がちりちりと燻るような気がするのは何でだ。
この感情に名前があるとすれば、それはーー。
「悪い、からかいすぎたな。ノヤっさん顔真っ赤だぜ。その上に墨だらけってタコみたいだな」
「う、うるせぇ! 龍が変なこと言うからだろ!」
墨だらけで良かったかもしれない。少しは顔の赤さを隠してくれていただろうから。
顔の熱は確かに自分でも感じていた。
胸の、苦しさと共に。
「…顔、洗ってくる!」
いつも部活で使い慣れた水道で、顔を思い切り洗う。
めちゃくちゃ冷たい水に、身も心も引き締まる感じがする。
顔に集まった血も、冷たい水で一気に冷やされ、熱を失っていく。
水と一緒に流れ落ちていく墨が、排水溝に吸い込まれていった。
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元日だというのに、烏野の校門は開いていた。
人の気配は感じられなかったけれど、夕は確かに学校に行くと言ってた。
バレー部の人達が集まるところっていったら、やっぱり体育館だろうか。
そう思い、ひとまず体育館へ向かうことにした。
体育館のそばに行くと、人影が見えた。
ニット帽のてっぺんのボンボンが揺れている。
「あのっ」
ニット帽の人に、思い切って声をかけてみた。
振り返った男子はビックリした顔でこっちを見てる。