第10章 これからの話をしよう/天童覚
天童君の机の上にあるものをよく見てみると、教科書が日本史のものより若干カラフルな色合いだった。
…あれは、世界史の教科書だ。
日本史のものとデザインは似ているが、茶色がかった日本史のデザインに比べ、世界史の教科書は青みがかった鮮やかな表紙だ。
いくら探しても日本史の教科書は机の中から姿を現さなかったらしく、天童君はだんだんと悟りを開いたような、諦めた表情になっていった。
天童君がそんな顔をしてしまう気持ちは、よく分かる。
日本史の先生、多田野先生は非常に厳しい。
授業中の居眠りはもちろん、忘れ物にとても厳しい。
教科書を忘れたことが先生にバレたら、正座に課題に長いお説教にと、面倒くさいことになるだろう。
「―…では次の所を天童、読んで」
「は、はい」
神様は意地悪だ。
何も教科書を忘れた天童君を名指しせずともよいのに。
先生は天童君を指名すると、ゆっくりと教室の後方へと歩き始めた。
昼食後で眠気に襲われそうになっていた生徒達に緊張が走る。
教室の空気がピンと張り詰めたのを感じて、思わず背筋を伸ばした。
隣の天童君はどうしようかと悩んでいるようだった。
他の先生だったら、素直に「忘れた」と申告すればいいだろう。
だけど、相手は多田野先生だ。
長いお説教は元より、先生の大きな声が苦手な私は、このままであれば確実にお説教を受けるであろう天童君が可哀想に思えて、そっと自分の教科書を彼に差し出した。
「…天童?何をしている。早く読みなさい」
「あっ、はい!」
先生の視線がこちらを向いた時には、教科書は天童君の手の中にあった。
教科書を差し出した私に、天童君は一瞬驚いた顔をしたけれど、多田野先生に急かされては受け取らざるをえなかったのだろう。
「―…この頃、この平氏と院との両勢力の他にも…」
淀みなく読み進めていった天童君だったけれど、途中から何故か、ぐっと言葉に詰まっていた。
しゃっくりでもでそうになったのだろうか。
そう思ったけれど、何度も不自然に言葉に詰まる天童君が気になって、様子を見てみると、ぐぐっと笑いを堪えているような顔をしていた。
「天童、どうした」
「ぐはっ!」
天童君はとうとう噴き出してしまった。
先生も、私も、他のクラスメイト達も、何故彼が急に噴き出してしまったのか理解できないでいた。