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いとし、いとし【短編集】

第33章 進む先は闇。逃げ道は無い【刀剣 明石国行】


「結依はん」


明石が再び、私の名を呼ぶ。

背筋がゾクゾクと粟立つ。
心臓を鷲掴みされた気分になる。

「とって食おうとしとるわけやないですよ。そんな脅えんといて下さい」

そんな風に言いながらも、目の前の彼の顔は十分に『とって食おうとしている顔』で、私はこれから取りつけられるであろう言霊に身を竦めた。



「自分、今日は無理矢理近侍にされて少々、虫の居所が悪いんですわ」

ゴクリと生ツバを飲み込む。


確かに、『やりたくありまへん』と拒否する彼を、蛍丸と愛染に手伝ってもらって無理矢理執務室に連れて来た。



ジリジリと詰め寄る明石に、私は後退していくしかない。
そうせざるおえない程、明石が、この神様が怖いのだ。

「やる気無いって、常日頃から言ってますやん」

眼鏡の奥がギラリと光る。


「とりあえず…。そうやなー。結依はん。明日、自分と蛍丸を非番にして貰いましょうな」


また、グッと心臓が鷲掴みにされた。
背筋だけでなく、身体中が粟立つ。

意とは関係なく、私の首はコクリコクリと頷いて、恐怖からカラカラに乾ききった喉から声を絞り出した。

「あ…愛染くんも、非番に、し…ます」

ニンマリと満足そうに明石が笑う。

「えぇ子や」

と、撫でられた私の頭。


きっと、この命が尽きるまで、私はこの神様に捕らわれるのだろう…。


「結依はん…」


名を呼ばれ、
するりと頬にすべる明石の長い指。

これは、私の慢心が招いた事だ。
審神者がどんな者であるのか、
何を相手にしているのか、
私はそれを忘れていたのだ。

相手は神様。
私は人間。

男士達から見たらたかが小娘。

『主』『主』と呼ばれる内に、私は彼らの方が神格が上である事を忘れてしまっていたのだ。


「もう少し、えぇ子にしていて貰いましょか」

頬を撫でていた指が、クイと私の顎を上げた。

自らの慢心が招いたこの事態を甘んじて受けるため、私はぎゅっと固く目を閉じた。
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