第10章 彩稼。
「せー兄様」
可愛い妹は笑わなくなった。
いつからだろう。
そんな妹を見るたびに、抱きしめるだけでは足りないと気がつく。
愛してやるだけでは足りないと気付かされる。
母は、文武両道だったが、特に剣は素晴らしかったと聞く。
いつも笑顔でのほほんとした母が強かったと。それを聞いて蒼姫は武官になると言った。
劉輝と父が反対したらしいが、私はどこか納得した。藍家当主から授かった宝箱には色とりどりの石が入っていた。
それを、父も劉輝もただの石ころに見えると言うのだから納得した。
あれは、母の心ではなく。
母なのだと。
蒼姫が武官になったのは、きっと母を追い求めるからだろう。
それを止めることは出来ない。
自分だって⋯母をまだ、探し求めてる。
「稽古、手を抜くのはなしです。せー兄様」
城に帰ってきても、彼女は兄様と言う。
まだ、彼女の旅は終わっていないのだろう。
「すまない⋯だが、腕を上げたな、蒼姫」
「⋯まだ、足りません」
浮かない顔をして、ぎゅっと固く重い剣を握る。
「栗花落様のご様子はどうだ?」
「⋯⋯心の問題だと医師は仰っておりました」
「そうか⋯」
蒼姫はいつも、上を見ている娘だった。千代に似たわけでもないと言うのに小柄な娘だからなのか、ちゃんと、周りを見れる娘だからなのかはわからない。
袖をぐしゃりと握り俯く妹。
「お母様は、全部を護ろうとした、ですから、、私がお嫌いだったのでしょう」
「⋯⋯なぜそう思う?」
「⋯私は、母様の所有物で母様の血液が流れて、捨てられなかったのですよ⋯それはきっと⋯なんて、なんと憎らしい事か」
明るい妹だった。
「蒼姫、俯くのはやめろ」
ハッとしたように顔を上げる。涙を瞳一杯に溜めていた。
「せー兄様⋯?」
「母上がどう思おうが、私は妹を愛しているし、傷つけるものは許しはしない」
膝をつき、蒼姫の手をつかむ。
涙をぽろぽろ流していた。
「蒼姫、母上のやり残した事を一つ教えてやろう」
目をぱちくりぱちくりとしていた。
「やり、のこした、こと?」
「あぁ、たった一つ。それはお前の名付け親だ」
「旺季、さま?」
頷く蒼姫、涙で顔に張り付く髪の毛をはらってやるとどういう意味かと目をくりくりとしている。それが愛らしくて、愛おしい。