第10章 彩稼。
すっと、上半身が伸び、押し倒される。
宵闇の中月明かりに照らされ、赤い瞳は泣いていた。
「だめ、これだけは、私のものなの。私の大切なものなの。あなたにも譲れない。私を愛してくれた戩華と、私が愛した戩華の記憶は今から幸せになる貴方には要らないものよ」
「栗花落に何をした」
「もっと、怒って」
「千代!」
「それでいいの、ええ、それで十分。幸せになって、私の愛する人」
涙の唇で口付けられる。
気が遠くなるのを感じている。
忘れていく何か。
目の前の女が、子供のようにくしゃりと顔を歪めて泣いていた。
「戩華、会いたい、もう、寂しくて、辛いから」
我が儘を聞いてきゅっとなった胸が緩やかに解かれていく。
「栗花落様、王様をお願いしますね」
遠くなる声。
カタカタと馬の足音が遠のく。
記憶は緩やかに扉を閉めた。
目を覚ますと、栗花落の膝の上だった。