第10章 彩稼。
昔々の記憶。
最近はぼんやりして自分が分からなくなる時もある。
そんな時彼の寝顔を見て胸が苦しく、悲しくなる。
生きていることがこれ程も辛いとは忘れていた事だった。
人間に次はなくて、人間に二度目もない。
そんな当たり前なことを思い出すの。
目が覚めて、ふと、映ったのは懐かしい天井。体の上に乗っかる腕をそろりと避け、身体を起こす。
じとり。
あぁ、今日も酷く熱い。
ふと、戩華を見て額に手を当てる。
熱中症にならない為には自分しか頼れるものがいない。栗花落を劉輝の所に置いてきたと聞いた時は頭痛がした。
蒼姫を旅に出したと聞いた時は眩暈がした。
劉輝の傍に居ない不安に胸が痛んだ。
あの子は頑張り屋さんだから、素直な子だから。不器用だから。
「ふぅ⋯熱いわねぇ」
戩華の顔に張り付く髪の毛をかき分けながら、窓を眺める。
あぁ、この人開けっ放しで寝たのね。
私の身体だって暑いだろうにどうしてこうもまぁ見張りたがるのか。逃げないと言っても信じてはくれない。
「⋯⋯」
ふと、眉間を寄せる戩華。
その眉間が懐かしく、愛らしく、愛おしく、口付ける。
「ごめんなさい、気苦労お掛けてして⋯戩華⋯もう少し⋯待っていて下さいね」
そう言って床を出て、給湯室に向かう。
冷たい水を用意しておこう。
人間は暑くても冷たくてもすぐに死ぬのだから。
戩華は目を開けて、入り口を見つめた。
妻は、変わらず愛することは無い。
そして深く深く、誰より愛してくれている。