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Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―

第1章 「バベルの塔」THE TOWER


 呑川は、大森・蒲田を南北に流れる河川で、平安時代に北部の支流を堰止めた洗足池は、日蓮・勝海舟・西郷隆盛ゆかりの名所でもある。人気(ひとけ)がなく、あらゆる機械が動かず、時間が止まっているかの如く錯覚させる街並みだが、この河川だけは、静かに波を刻み続けている。そうして川沿いを警戒しながら進むと、次第に見慣れた景色が近付いて来た。

生田「あ…あれ、自販機じゃない?」

斎宮「本当だ。ああいうのは確か、災害用の非常電源が入ってるやつもあったはず。行って見ようぜ!」

生田「…待って、誰か人が居るよ!」

斎宮「良かった…俺達以外にも、生存者が居たようだな。それに、あの軍旗は第四中隊の物…つまり、味方だ」

 何も見出せなかった中、ようやく「味方」との合流を果たせたと思い、とりあえず安堵する二人。恐らく相手も、東京同盟軍の本隊から孤立し、不明と不安の狭間で、ここまで来たのだろう。そんな事を考えながら、声を掛けようとしたのだが…。

生田「あ…あの、こんにちは!」

斎宮「おはこんばんにちは。俺は、第四中隊の斎宮星見です。こいつは、ダチの生田大允です。あなたも、俺達と同じ部隊ですよね?」

生田「僕達も、気付いたら仲間と離れ離れで、通信もできずに、困ってたんです」

斎宮「この自販機、停電でも使えるタイプですよね? 俺達も、ここで補給したいのですが…」

 何かがおかしい。相手は確かに、自分達の存在に気付いているが、一向に返事らしい返事をしない。ただ、一歩ずつこちらに近寄って来るだけだ。まるで、何か獣類のように…そして、それはどこかの映画で観た事があるような光景。二人は本能的に、異常を察した。

生田「…これって、もしかして…」

斎宮「い…いや、そんなはずは…」

 目前に居る「人ではない人」が、その本性を二人に向けようとした、その瞬間の事だった。

あららぎ むきょう
塔樹無敎
「離れろ! そいつは最早、ヒトではない!」

生田「え?」

斎宮「この声は…!」

 刹那(せつな)、聞き覚えのない銃声が轟(とどろ)き、「人でない人」の頭蓋骨が吹き飛ばされた。首から上を失った「彼」は、変色した血液を吹き飛ばしながら、地球の重力に従い、斃(たお)れた。そして、その背後に佇(たたず)んでいたのは…。
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