第7章 巌窟王
「……、何故、お前は涙する?」
唇が離され、エドモンはそう口にした。
エドモンは、鋭い。勘の良い彼は、私が一番されたくない質問を、端的に口にした。
幸せな気持ちも全て罪悪感に変わり、私の胸を乱した。
その答えなんて、決まっている。私は貴方を、『アヴェンジャー』としてではなく、巌窟王/エドモン・ダンテスという一個人に、とっくに惹かれてしまっているから。恋い焦がれてしまっているから。それなのに、私は『マスター』としてしか、エドモンの傍にはいられない。それに、『アヴェンジャー』である貴方は、私を『マスター』として見ている。どう足掻いても、叶わぬ恋。幼い私がみている夢こそが、今の私が貴方に抱く想いだから。言葉にすれば、なんて呆気無いものだろうと思う。口に出してしまえば、『アヴェンジャー』たる彼にスッパリ拒絶してもらえて、楽になれるかもしれない。でも、弱い私は、それすらも出来ない。それに、ほんの少しだけでいい。夢が醒めるまでで構わない。想い人と一緒にいられる、この幸せな夢を、みていたい。私は、そんな身勝手な願いを、捨てられずにいるから。
「……。何でもないよ、『アヴェンジャー』。」
「……、そう、か。」
アヴェンジャーの顔には、いかなる表情も乗っていなかった。
お願いだから、せめてこのひとときだけは、私に夢をみさせていてほしい。身勝手なことだとは分かっている。分かっているから。
「アヴェンジャー……。」
彼は自らを、『復讐鬼(アヴェンジャー)』であり、『巌窟王』であると言う。『エドモン・ダンテス』の名は、過去と共に打ち捨てられたとも。でも、それはどこか違う気がして。『巌窟王(モンテ・クリスト)』なんていう名前よりも、やわらかな響きを含んだ、『エドモン・ダンテス』の方が、私にはしっくりくる。もうぐちゃぐちゃな頭の片隅で、私はそんなことを考えていた。