第1章 続・愛妻弁当
今、僕は玄関の前にいる。
片手にはピンクのチューリップの花束。ここまで緊張してドアを開けようとしてるなんて。結婚式当日、バージンロードを歩く君を待つ間にも、感じたことはなかったかもしれない。破裂しそうな心臓の音が、ドアを通り抜けて君にまで聞こえてしまいそう。ただ、ここでじっとしているわけにもいかない。それに、そんな緊張とは無関係に、からっぽの胃袋は君のハンバーグを待ち焦がれている。
「ただいま」
いつも通りに言えただろうか。なんて、気にしたのも束の間、パタパタとスリッパの音がして君が顔をだした。
「おかえり。ご飯できてるよ。」
さっと後ろ手に隠してしまった花束。
そんな、玄関からあがろうとしない僕を君は訝しげに見た。
「ん?あがらないの?どーかした?」
君が不安そうな顔で僕に近づく。プロポーズより、結婚式当日より、こんなに緊張するなんて。
えい、もうどうにでもなれ。
そんな気持ちで勢いよく花束を差し出した。手が震えるし、上手く話せないし、なんだか君の顔を見るのでさえ怖くて。
「これ。あの、その、いつもね。ありがとう。」
なかなか、消えない手の重みに不安になって、君の顔を見る。恐る恐る、君と目があった瞬間、はじけるように君が笑顔になった。
「ありがとう。すごく嬉しい。」
それから、君は照れたようにはにかんだ顔で花束を受けとり、甘酸っぱいチューリップの薫りに顔を埋める。目が細まって、恍惚の表情がなんともいえない。
その仕草のひとつひとつが、なぜかとても愛しくて、いてもたってもいられなくなった僕は、花束ごと君を抱き締めた。
「ちょっと、え?どーしたの?」
「どーもしないよ。いつもこうしたかったから。」
普段の僕からは想像できないような言葉。
でも君はそれをからかったりせずに、「私も」とだけ言って、そっと腕を回してくれた。甘い香りは、君からか、チューリップからか。
なんだか、あんなに色々考え込みすぎて、なにもできずにいた自分がバカらしくなるほど。もっと早くにこうしていたらなんて。でも、君から背中を押されてるくらいが僕にはちょうどいいかもしれないな。
なんて頭にぐるぐると回りだす。それを遮るように、二人の顔が自然と近づき、君との距離まであと5センチと迫ったところで。